森閑秋日
 

 
朝晩は過ごしやすくもなったけど、空の色もどこか透き通って来たけれど。
まだまだ気温も高く、目映い陽射しの中にはむんとする温気
うんきも満ちており。
秋とは名ばかりという感のある、九月初頭の昼下がり。
ざわざわ・がやがや、
ちょっとした端切れでも闊達に弾んで元気のいい、
生徒たちの声がここかしこに満ちた校舎の裏手へ足を運べば、
見慣れた風景が眼下に広がる急な石段の上に出る。
体操服や練習着といった軽装でストレッチや準備運動に余念のない者、
それらを終えてポジション別に分かれての練習に入っている者。
ベンチ周りでは主務さんやマネージャーたちが、
バインダーを手にメニューの打ち合わせ中らしき模様で。
すぐにも初戦が始まるからと、
意気軒高、元気よく駆け回っている後輩さんたちの姿が…いやに遠いななんて、
つくづくと思ってしまった瀬那だったりするのだ。

“…判ってたんだのにね。”

新学期が始まったと同時に、忙しく駆け出す人々ばかり。
秋は特にアメフトの本番が目白押しで、
高校生たちが全国大会の決勝戦、
クリスマスボウル目指して奮戦する秋季大会が始まるのみならず、
大学の方でも各リーグの公式戦、
入れ替え順位決めのための、所謂“星取り”の本戦の幕が上がる。
正に真剣本気の日々がいよいよ始まるものだから、
一緒にいた、囲まれていたそんな人たちが一斉に駆け出して。
逆に…目に見えての何かしら、今だから秋だからとするべきことのない我身は、
そんな彼らから ぽつんと取り残されたような気がして。

“うん…ちょっと侘しい、かな?”

去年の今頃は、そりゃあもうもう忙しくて。
それぞれのポジションで高校ナンバーワンと称されるほど
それは頼もしかった先輩さんたちが抜けた後を、
残された自分たちでどうやって補おうかと思案しつつ、
それでも…体の方は慌ただしくも駆け出していたっけな。
それに、

“蛭魔さんとか進さんとか、
いつだって相談相手になってくれたしな。”

不安も戸惑いも、周りの人たちがそれぞれに解きほぐしてくれた。
いつだって見守っていてくれた。
お忙しい身だった筈だろうに、
自分がその手では何ともし難いことへ向き合うなんて、
随分と歯痒かったことだろうに。
蛭魔さんは練習に関するあらゆる手を尽くしてくれたし、
進さんも毎日のメールで励ましてくれて。

“ご自分たちも…こんな風な位置に立つの、
 きっときっと歯痒いことだっただろうにな。”

ざわりと、
まだ青い葉を茂らせた桜の枝が吹きつけた風に揉まれてざわめく。
乾いた空気の中、ほんのすぐそこの陽だまりが、
目に見えない壁に阻まれてるみたいに遠く見える。
ぽーんと軽快なパスが通って、
綺麗なスパイラルに乗ったボールが宙を渡ってゆくのを目で追って。

“……………。”

何だか足元が落ち着かない。
毎日トレーニングでちゃんと走っているけれど、
切り返しの反射だって練習しているけれど。
体は鈍らせてはいないのだけれど、
そういうんじゃなくって。




………アメフト、したいなぁ。




こんなトコにいては未練がましいかな。
週末に模試があったんだっけ。
短縮授業で早く終わったんだから、家に帰って勉強しなくちゃ。
頭の中ではちゃんと分かっているのにね。
やっぱり…此処から離れられない。

“………。”

立ち去り難くて、何となく。
そのままそこに立ち尽くしていると。


「? なんだ、セナじゃんか?」


後方からのそんな声がして。
え?と振り返ると、自分と同じ制服姿の“同級生”たちが立っている。
やっぱり進学組だから、春大会で引退した面子たち。
何してんだよと訊ねられ、
あの、その、えっと…、誤魔化すように言葉を探してしまい、
その焦りようを笑われた。

「そんなとこから見てないで、混ざっちまえばいいのによ。」
「えっと、だってさ。」

真剣な皆の練習のお邪魔になるばっかだろし…。
でもね、未練もあってこんなとこにいたのも事実で。
だから、白々しい言いようだよねと、恥ずかしそうに笑ったら、
皆は顔を見合わせて、ちょっぴりキョトンとして見せた。

「何も“遊んでくれ”っていうんじゃねぇだろうがよ。」
「え?」
「だから…。」

相変わらず腰が引けてる野郎だなぁ。
天下の“アイシールド21”が練習台になってくれるなんて、
他のガッコじゃあ到底出来ない特訓なんだぜ?
分からないのか? 奴らにはいい刺激になるっつってんだ。
そうと言って、ぐいっと腕を取り、一斉に石段を降りてく仲間たち。

「実を言えば、俺らもサ、自主トレばっかだと何か鈍っちまってな。」

身体作りという基本、持久力や体力の保持。
一人でだって出来ることにだけ打ち込み続けてると、
どうしても息が詰まって、煮詰まってしまうから。
それで時々、連中の当たりの相手になりにと潜り込んでたなんて笑ってくれる、
相変わらずに頼もしいラインの皆や、

「俺なんざ、フェイントパスの防ぎ方の練習台になってやって。」
「何言ってやがる、お前のは天然のノーコンだろうが。」

いつも一緒にいたのにね、実はそんなことやってたんだのレシーバーくん。
内緒にしててズルイと“む〜ん”と膨れかけて、でもすぐに吹き出してしまう。
さすがは行動派の皆さんで、そうだってことが何だか嬉しくて。


「お〜いっ、野郎どもっっ!」
「練習台に来てやったぞっ。」


遠慮なくぶつかりたまい、遠慮なく止めてみたまい。
胸を張るOBたちにワッと歓声が上がって、
新しいレギュラーたちが早速駆け寄って来るのだけれど。


………でもね。



「助かりますけど、怪我だけはしないで下さいね?」
「本戦前なんで、俺ら手加減出来ませんからね。」
「…半年離れてただけで、人を“年寄り”扱いしてんじゃねぇよ。」



う〜ん。容赦ないトコは、正に“この先輩にしてこの後輩あり”ってか?
(笑)




〜Fine〜  04.9.14.


  *あくまでも、受験勉強がなおざりにならないのなら、でしょうけれど、
   体力の保持も大切ですものね、彼らの場合。
   でもでも、模試の成績に響かない程度にしとかないと、
   悪魔の受験ゼミ冬休み編に連行されるかもですぞ。
   しかも、本業のリーグ戦真っ只中だから、気の短さが当社比2倍かも。
(爆)

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